元気っ子を育む環境づくりをめざし
入園当初、ちょっとしたことで転び、とっさに手が出ない。進行方向にある障害物を反射的によけられない。バランス感覚が悪く、平均台を渡れない。お友だちの輪のなかに入っていけない。
・・・こんなお子さまが増えています。子どもは失敗をしながら学び、成長していくので、転んだり、ぶつかったりするのは決して悪いことではなく、むしろ良い経験です。しかし、とっさに手を出して衝撃を最小限にする、あるいは障害物の寸前で身をかわして大切な顔などを守る反射神経を身につけているお子さまが少なくなっていることを危惧しています。また、「一緒に遊ぼうよ」と言えず、友達をつくれないお子さまも増えているのも心配です。
その理由として、体全体を使って大勢で遊ぶ機会が減ってきている現代っ子がおかれている環境があげられます。凹凸のないフローリング、きれいでコンパクトにまとまったリビングでママと過ごすことが多い未就園児の皆さんが、そのまま入園してくれば当然の結果とも言えます。昔のお子さまの多くは、大きな農家、広い屋敷で育ち、広い部屋・庭、納屋、蔵、屋根裏など、どこもかしこも良き遊び場でした。
また、市町村が整備する公園も、不審者の出没、友達がいないなどの理由により敬遠されがちで、子どもたちの遊び場不足による体力・運動能力低下に拍車をかけています。
しかしながら、もっと深刻なのは、子どもたちを指導すべき我々大人たちの姿勢です。すなわち、安全を確保しながら、思う存分に遊べる環境づくりについて、しっかりとした考えを持っている大人が少ないということです。いいかえれば、子どもの成長の過程を大人がどう捉えるかの基準です。例えば、誰もが登らない木登りにチャレンジして落っこちて打撲と擦り傷を負った我が子に対し、あの木に登ったなんてすごいね、ママにはできないよ、でもこの次は両方の手と足をしっかりと使って落ちないようにね、とアドバイスをするのと、頭ごなしに叱って、二度と登ってはいけない、と言うのでは、その後のお子さまに与える影響は大きく異なります。これを、幼稚園や保育園、市で管理する遊具・施設にあてはめると、最初の保護者は、『うちの子は、わんぱくまたはおてんばですので、これからもよろしくお願いします。』となるでしょうし、もう一方は、『なぜ、そんな危険な遊具が園内(または公園)にあるのですか?子どもにも厳重に注意しましたが、その遊具を撤去してください。』あるいは『安全策を講じてください。』となります。後者の保護者が多いところでは、当然、担任はじめ先生方、市当局は、危険と思われる遊具の撤去、危険と思われる遊びの禁止の方向にすすんでしまいがちです。
我々大人は、小さな生命を守りながら、子どもが安全な環境で過ごせるように努力することは当然のことですが、過剰防衛・過剰反応により、お子さまの伸びる可能性を否定することのないようにしなければなりません。子どもの時から失敗が許されない社会であってほしくないというのは私一人だけの思いではないと信じます。子どもたちが、見て、聞いて、触って、臭いをかいで、やってみて、頭と体と心で捉え、感じながら成長して欲しいと願っております。
現代っ子を取り巻く環境の変化を大いに憂慮しているのが創立者の学園長先生ですが、入園当初、守られてばかりだった多くの新入園児さんが、たくましく成長し、大勢のお友だちと遊ぶ姿を見るのが何よりの喜びのようです、嬉しそうに園児たちを見守る創立者の姿に、我々スタッフ全員が勇気づけられる毎日です。大きな庭、大きなホール、大きな遊具、元気いっぱいの先生方、すべてに、建学の心が脈々と受け継がれ、今日があると感じるこの頃です。先輩、先人に感謝の日々です。
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